2026.05.14 · Vol.1 No.2
Where governance meets reckoning.
Quorum/議決権/2026年5月
Governance · 議決権

17 と 36 ポイント — 議決権行使助言会社の影響力を分解する

ISS / Glass Lewis 市場シェア 90%、機関投資家票への構造的影響。

2026年5月14日 Quorum 編集部 読了 約15分

日本の上場企業の取締役選任議案・株主提案議案に対して、議決権行使助言会社(ISS・Glass Lewis)の推奨は機関投資家票にどの程度の影響を与えているのか。Harvard Law School Forum on Corporate Governance の 2024 年データによれば、両社の否定推奨は取締役選任で 17 ポイント、株主提案で 36 ポイント、Say-on-Pay で 35 ポイントのサポート率差を生み出している。両社で市場シェア合計 90%。本稿は、その影響力の数値構造と、ISS / Glass Lewis それぞれの 2025 年日本基準、企業側のアプローチ実務、そして「過半数を守る非対称性」という防衛側の構造的優位までを、一次データで分解する。


イントロ — 90% の市場、二つの数字

日本の上場企業が株主総会に向き合うとき、票の集計よりも前に決まっているものがある。

機関投資家がどう投じるか。そして、その判断の前段に置かれる議決権行使助言会社(プロキシーアドバイザー)の推奨が、どちらに振れているか——この二段構えの構造が、現代の日本企業のガバナンス実務を規定している。

Harvard Law School Forum on Corporate Governance の 2024 年データによれば、市場の支配構造は明確である。ISS(Institutional Shareholder Services)が市場シェア 48%、Glass Lewis が 42%(いずれも assets under advice ベース)。両社合計で議決権行使助言市場の 約 90% を占める。

そして、両社が否定推奨を出した場合の影響は、議案種別ごとに数値化されている。

本稿は、この「17」と「36」という二つの数字の意味を、両社の 2025 年日本基準、企業側のアプローチ実務、そして機関投資家票の構造的非対称性まで分解する。

特定の企業・特定の事件に依拠した分析ではない。あくまで一次データから観察できる構造を整理するものとして読まれたい。

0117 ポイント — 取締役選任議案で起きていること

最初の数字、17 ポイントの意味から入る。

取締役選任議案は、上場企業の株主総会において最も頻度の高い議案種別であり、同時に経営陣にとって最も基本的な信任ラインである。日本では多くの場合、取締役の選任は普通決議(出席株主の過半数賛成)で可決される。

ここに、ISS・Glass Lewis 両社が否定推奨を出した場合——機関投資家票のサポート率は、推奨が中立または賛成の場合と比較して、構造的に約 17 ポイント低下する。

17 という数字は、票読みの実務において重い。

取締役選任議案の可決ライン(50%)を考えれば、平時に 70% 前後のサポート率で運営されている経営陣にとって、17 ポイントの低下は「50% 台前半」という危険水域への直行を意味する。さらに反対側に組織的なアクティビスト保有が乗れば、この水域は突破される。

過去のプロキシーファイト事例で観察される構造は、まさにこの形に従っている。

2018 年の五洋インテックス事件では、創業者である代表取締役の解任議案が賛成率 82% で可決された——これは ISS・Glass Lewis の推奨が反対側に振り切れ、機関投資家票が事実上一方向に流れた典型である。2019 年の LIXIL グループ事件においても、元創業者族側の株主提案が機関投資家票の動員によって押し通った。

17 ポイントとは、平時の経営正当性が戦時の票数に直接変換される、その換算レートそのものである。

0236 ポイント — 株主提案議案で起きていること

二つ目の数字、36 ポイントは、より特殊な意味を持つ。

株主提案議案——典型的には増配要求、定款変更、特定取締役の選任・解任、政策保有株の削減義務化など——は、取締役選任議案とは異なるダイナミクスで動く。日本の株主提案には特別決議(3 分の 2 賛成)が必要なものも多く、可決ハードルは取締役選任よりも高い。

ところが、ISS・Glass Lewis 両社の推奨が賛成側に振れた場合、機関投資家票のサポート率は反対側との比較で 36 ポイント 上昇する。これは、取締役選任議案における 17 ポイントの倍以上の振れ幅である。

なぜ株主提案議案で振れ幅が大きいのか。

構造的な理由がある。取締役選任議案は、機関投資家にとって「投票しない理由を見つけにくい議案」である——通常運営の一部であり、明示的な反対理由がない限り賛成側に流れる慣性が働く。一方、株主提案議案は「投票する理由を必要とする議案」であり、機関投資家は推奨の論拠に依存して判断を組み立てる傾向が強い。

EY Japan の 2024 年株主提案動向調査によれば、株主提案を受けた上場企業は 109 社、賛成率 20% 以上に到達した議案比率は 48.2% に達する。提案件数は 2023 年に 344 件と過去最多を記録した。大和総研の同年総括によれば、アクティビストファンドは 2014 年の 8 社から 2023 年 5 月時点で 69 社まで増加している。

提案件数が増え、賛成率 20% 超の議案比率が半数近くに迫る環境において、36 ポイントの振れ幅は「提案が可決圏に届くか否かの分水嶺」として機能する。

これが、両社の推奨を取りに行く側と、両社の否定推奨を回避しに行く側の双方にとって、最も注視される数値である。

なお Say-on-Pay 議案の 35 ポイント差については、日本市場では取締役報酬の Say-on-Pay 制度が米英ほど浸透していないため、現時点では取締役選任・株主提案ほど直接的なインパクトを持たないが、報酬ガバナンス強化の流れの中で 2026 年以降の重要度が増す可能性が示唆される。

03ISS 2025 日本基準 — 何が反対推奨を生み、何が回避するか

ISS Governance Japan の 2025 年日本向け Proxy Voting Guidelines は、取締役選任議案における反対推奨トリガーを明示的に定めている。一次ソースから整理する。

財務指標による反対推奨

このルールが意味するのは、日本市場の文脈における「ROE 8% ライン」の構造的重要性である。8% を上回っていれば ISS の財務基準による反対推奨は回避される。下回り、特に 5% を割り込めば、経営トップへの反対推奨が現実のものとなる。

ガバナンス指標による反対推奨

政策保有株の取扱いは、過去数年間の日本市場における ISS 推奨基準の最大の変化点である。2025 年基準では「純資産の 20% 超」が明示的なラインとして引かれている。

実務的な含意として、ISS の反対推奨を回避するための最短経路は、(1) ROE 8% 以上の維持、(2) 政策保有株の純資産比 20% 以下への削減計画開示、(3) 社外取締役の独立性担保——この三点に集約される。

04Glass Lewis 2025 日本基準 — 独立性とジェンダー多様性

Glass Lewis の 2025 Japan Benchmark Policy Guidelines は、ISS とは異なる軸で日本企業のガバナンスを評価している。

取締役独立性要件

ISS が個別の社外取締役の在任年数で独立性を判定するのに対し、Glass Lewis は「監査役の過半数独立社外」という構造要件を市場区分問わず適用する点が特徴的である。プライム上場・スタンダード上場・グロース上場のいずれにおいても、この基準は一律に運用される。

取締役会ジェンダー多様性(2026 年基準)

これは 2026 年 1 月から本格適用される新基準であり、対象企業にとっては 2026 年定時株主総会に向けて準備期間が限られる。プライム上場企業の取締役会構成が、平均 8〜10 名規模であることを考えれば、20% 基準を満たすには最低 2 名のジェンダー多様な取締役が必要となる。

Glass Lewis の特徴は、ISS が財務指標主導であるのに対し、構造的ガバナンス指標主導であることだ。両社の基準を並べると、企業側にとっては「両方を同時に満たす設計」が必要になる——財務指標(ISS 軸)と構造ガバナンス(Glass Lewis 軸)の二面戦略である。

05企業側からのアプローチ — エンゲージメントミーティングと 20 日リードタイム

ISS・Glass Lewis 両社が機関投資家票に対して持つ影響力を踏まえれば、企業側がこれら助言会社と直接対話を持つことは、現代の IR 実務の標準となっている。

Business Lawyers の解説が示すように、両社には法人向けの直接問い合わせ窓口があり、企業側からの「方針説明ミーティング(エンゲージメントミーティング)」は業界標準として受け付けられている。

Glass Lewis に関しては、一次ソースで確認できる事実として:

20 日というリードタイムは、企業側の実務において重要な意味を持つ。総会招集通知の発送(総会日の概ね 3〜4 週間前)と前後する時期に、Glass Lewis の推奨ドラフトが組み立てられる。この期間に企業側が補足説明を提供できるか否かが、最終推奨の方向性に影響しうる。

ISS については、エンゲージメントミーティングの具体的な料金体系や標準リードタイムは公開資料からは確認できないが、両社ともに、企業側からの主体的な対話姿勢を「ガバナンス・エンゲージメントの一環」として評価する建前を取っている。

なお、金融庁の 2025 年 6 月改訂版スチュワードシップコードは、機関投資家に対して「形式的な議決権行使助言会社の助言に依拠せず、自らの責任と判断の下で議決権行使」を行うことを明文化した。つまり、助言会社の推奨は機関投資家の判断の参考材料に格下げされた——少なくとも、形式的にはそうなっている。

ただし、市場シェア 90% を持つ両社の推奨が機関投資家票に 17〜36 ポイントの影響を与え続けている事実は、コードの建前と運用実態の間に依然として乖離があることを示している。

06機関投資家票の地形 — 235 社の運用機関と GPIF

ISS・Glass Lewis の推奨が「誰の票」に影響するのか。その地形を見ておく必要がある。

金融庁の スチュワードシップコード署名機関リスト(2024 年 9 月 30 日現在)によれば:

そして、これらの中心に位置するのが GPIF である。GPIF の 2024 年度末時点での運用残高は約 246 兆円(GPIF 公式サイト、公開データ)。日本の上場株式市場の主要な保有主体の一つとして、GPIF およびその委託先運用機関の議決権行使方針は、市場全体のベンチマークとして機能している。

235 社の運用機関がそれぞれ独自のスチュワードシップポリシーを掲げているが、その多くが「ISS・Glass Lewis の推奨を参考にしつつ自社で判断」という建付けを取っている。建付け上は独立判断、運用実態としては助言会社推奨の影響を受ける——この構造が、17〜36 ポイントという数字の源泉である。

07数字の文脈 — 「過半数を守る非対称性」

ここまで整理した数字には、防衛側(経営陣側)にとって構造的に有利に働く非対称性が組み込まれている。

EY Japan の 2024 年株主提案動向調査によれば、2023 年の株主提案件数は 344 件で過去最多を記録した。一方、可決された提案は数社程度にとどまる。可決率は分母を「全提案件数」で取れば 5% 以下の水準である(推測です。分母を「議決対象になった提案」に絞れば数値は変動する)。

この構造的な低可決率の背景にあるのが、「攻撃側は過半数の票が必要だが、防衛側は過半数を守ればよい」という議決権行使の本質的な非対称性である。

普通決議の場合、攻撃側が議案を可決するには出席株主の 50% 超の賛成を組織しなければならない。防衛側はその裏返し——50% 未満に抑え込めば防衛は成立する。動員すべきコストには構造的な差がある。

ただし、この非対称性が機能するためには、機関投資家票が防衛側に残っていることが前提となる。

ここで再び 17〜36 ポイントの数字が意味を持つ。ISS・Glass Lewis 両社の推奨が反対側に振れれば、機関投資家票は防衛側から離れる。離れた分だけ、非対称性は崩れる。両社の推奨が中立または賛成側に留まっている限り、防衛側は構造的優位を保てる——これが、平時のガバナンス指標が戦時の票読みに直結する論理である。

ISS 2025 年日本基準で言えば、ROE 8% 以上の維持と政策保有株の削減計画開示が反対推奨を回避する主要因として明示されている。Glass Lewis 2025 年基準で言えば、監査役の過半数独立社外と社外取締役の在任期間管理、そして 2026 年からのジェンダー多様性 20% が新たな条件として加わる。

これらは戦時の戦術ではなく、平時の運営そのものである。

08反証 — 数字の限界

ここまで整理した構造には、いくつかの留保が必要である。

第一に、17 ポイント・36 ポイントは Harvard Law School Forum on Corporate Governance の 2024 年データに基づく集計値であり、議案ごとの個別事情によって振れ幅は大きく変動する。財務的危機の局面、特殊な株主構成(持株会・取引先持合いの厚薄)、議案そのもののガバナンス的妥当性——これらが組み合わさって、実際の振れ幅は事案ごとに 5〜40 ポイント程度の幅で観測される。

第二に、市場シェア 48%・42% という数字は assets under advice ベースであり、議案数ベース・企業数ベースで切り出した場合の数値は若干異なる可能性がある。一次データの定義に注意が必要である。

第三に、防衛側が「平時のガバナンス指標を整備すれば票は守れる」という構造には、明確な反証事例が存在する。

2018 年五洋インテックスの 賛成率 82% での創業者解任は、ガバナンス指標の劣化が長期間放置された結果、機関投資家の信任そのものが崩壊した事例として観察される。この場合、ISS・Glass Lewis の推奨を取りに行く以前に、運用機関のスチュワードシップ判断そのものが防衛側を離れていた。

つまり、「ISS・Glass Lewis の推奨を回避する」という戦術は、平時のガバナンスが一定水準にある場合にのみ機能する戦術であり、ガバナンスそのものが崩壊している局面では救済の道具にならない。法が正当性を訴える側に正当性がある場合にのみ機能するのと同じ構造である。


結語 — 平時の指標が戦時の票に直結する

本稿で整理した数字を再度並べる。

これらの数字が示しているのは、戦時の票読みが戦時に始まるのではない、ということである。

ROE 8% を維持しているか。政策保有株の削減計画を開示しているか。社外取締役・監査役の在任期間管理ができているか。プライム上場であればジェンダー多様性 20% に向けた取締役会構成の準備が進んでいるか。Glass Lewis 東京オフィスとのエンゲージメントを 20 日のリードタイムを意識して設計しているか。

これらが、平時に積み上げられているか、平時に空白のまま放置されているか——その差が、戦時に 17 ポイント・36 ポイントとして表面化する。

そして、機関投資家票の構造的非対称性(過半数を守れば防衛側は勝つ)は、機関投資家票が防衛側に残っている限りにおいて有効である。両社の推奨が反対側に振り切れた瞬間、この非対称性は崩れる。

本稿で観察してきた構造は、特殊な戦時の戦術ではない。日々の財務指標、ガバナンス指標、IR 実務、取締役会構成——その積分が、株主総会の投票結果として現れる。

平時の指標は、戦時の票数である。

一次ソース・参考文献